熊本大学大学院生命科学研究部 分子遺伝学講座

研究内容

研究プロジェクト名および概要

. 加齢および加齢関連疾患(生活習慣病がん)発症の分子基盤解明

高血圧症、脂質異常症、糖尿病、動脈硬化性疾患に代表される生活習慣病の発症やがんは、過食、運動不足に伴う肥満や昼夜の逆転など生活習慣の乱れに伴い発症リスクが高まる。一方、肥満や生活習慣の乱れがなくとも加齢とともに高血圧症、脂質異常症、糖尿病、動脈硬化性疾患、がんの発症は増加する。このことは、生活習慣病やがんの発症増加に繋がる肥満や生活習慣の乱れに起因する生体内の変化(様々な恒常性維持機構の変容・破綻)が、生体の加齢性変化によっても同様に生じる、つまり共通の病態基盤が存在することを示唆するものである。ヒトの体を構成する40-60兆個の細胞は、肥満や生活習慣の乱れによって生じるストレスに応答し、様々な因子を産生・分泌し、生体を構成する組織の恒常性の維持に機能する。しかしそのストレスが過度になると細胞も過剰応答となり、組織に非可逆的な変化をもたらし様々な生活習慣病やがんの発症につながることが解明されてきている。一方、個体の加齢に伴い、構成する個々の細胞も細胞老化(Cellular Senescence)し、増殖因子やサイトカインを産生・分泌するようになる表現型(SASP: Senescence-associated secretory phenotype)を示し、これら分泌された因子の作用が、個体の加齢性変化、さらには加齢関連疾患の発症促進につながることが解明されてきている。生活習慣病発症につながる生体の過剰応答機構と加齢関連疾患発症につながるSASPに共通する基盤病態として“慢性炎症”が注目されている。“慢性炎症”の分子基盤を解明することは、生活習慣の乱れや老化に伴い発症する生活習慣病やがんの発症・進展の解明と新しい診断・治療・予防法の開発に必須である。

我々はこれまでに、ANGPTL ファミリー分子の一つであるANGPTL2が、生体の恒常性維持に重要な役割を担っていること(PNAS 2005, Am J Physiol Lung Cell Mol Physiol 2016, EMBO J 2017, Osteoarthritis Cartilage 2018)、一方、その過剰機能により、組織において“慢性炎症”が誘導され、肥満・代謝異常症(Cell Metab 2009)や動脈硬化性疾患(ATVB 2012, 2014(掲載号表紙に採用),  JMCC 2013)の発症や進展に関わることを見出した。腎においては、TGF-βとの相互作用により“慢性炎症” “線維化” が誘導され、慢性腎臓病の発症や進展に関わることを見出した(Kidney Int 2016(掲載号表紙に採用))。また、加齢に伴い筋細胞からのANGPTL2産生・分泌が増加し、筋組織において炎症、酸化ストレスが惹起され、サルコペニアを促進することを報告した(J Biol Chem 2018)。正常組織におけるANGPTL2の持続的高発現が慢性炎症を誘導し、発がんの感受性を高めること(Cancer Res 2011(掲載号表紙に採用), Mol Cancer Res 2014)、がん細胞から分泌されたANGPTL2が、がん細胞周囲の微小環境に対して、血管・リンパ管新生や炎症・免疫細胞の集積を促進させる一方、がん細胞自身へも直接作用し、がん細胞の走化性及び浸潤能を活性化させることにより、がん細胞の転移・浸潤を促進させる重要な役割を果たしていることを見出した(Cancer Res 2012(掲載号表紙に採用), Sci Signal 2014(Podcastに採用))。

本プロジェクトでは、生体の恒常性維持機構の変容に起因する“慢性炎症”を、生活習慣病、加齢関連疾患、がんの共通病態と捉え、その分子機構をANGPTL2シグナル伝達経路および発現調節機構解明により明らかにし、生活習慣病、加齢関連疾患、発がん、がん浸潤・転移に対する新規治療法開発を目指す(Trend Endocrinol Metab 2014)。

 

Ⅱ. 生体の恒常性維持とその破綻による疾患発症分子機構解明

我々の生体は、外界からの環境要因の変化に対して、生体の恒常性を維持する機構が備わっているが、その変容•破綻が生活習慣病など様々な疾患の発症に寄与することが解明されてきている。ANGPTLファミリー因子が、中枢での摂食調節の制御、脂質及びエネルギー代謝調節機構に重要であり、臓器間ネットワークを介して代謝恒常性維持機構に深く関わっている(Trend Mol Med 2005)。AGF/Angptl6シグナルは、糖・エネルギー代謝における恒常性維持機構の破綻に対して、内因応答性の拮抗作用として抗肥満作用や耐糖能促進作用を示し代謝恒常性維持機構の一躍を担っていること(Nat Med 2005)を見出した。この発見から15年以上経ってしまったが、AGF/Angptl6のエネルギー代謝制御機構の詳細解明を粘り強く継続している。一方、Angptl2の新たな機能としてエネルギー代謝との連関を見出した(Nat Commun 2016)。現在、Angptl2によるミトコンドリア機能の制御機構解明を進めている。近年、海外の他グループからAngptl3の機能消失型遺伝子変異が、血清脂質値低下、生涯に渡たる心血管病発症の低リスク状態をもたらすといった報告(NEJM 2010)以降、Angptl3を標的とした抗体やASOを用いた脂質異常症の治療の有用性に関する報告がNEJMに多数報告されている。我々もまたAngptl3を標的としたワクチン治療が脂質異常症や関連疾患に有用であることを見出し(論文投稿中)、臨床応用に向けた研究開発を進めている。鉄は生体内の多くの酸化還元反応を触媒し、地球上のほとんどの生物にとって広範な生命機能に必須の役割を担う一方、鉄による脂質の過酸化が惹起する新しい細胞死「フェロトーシス」が見出され、鉄による細胞傷害が注目されている。我々は、細胞内の遊離鉄を増減できる遺伝子改変マウスを用いた心病態の解析により、鉄代謝が心筋細胞におけるミトコンドリア代謝の制御に関わること、さらに心機能の制御に関わることを見出し(未発表)、現在その分子機構解明を進めている。

本プロジェクトでは、生体の恒常性維持、特にエネルギー代謝制御機構、脂質代謝制御機構とその破綻による関連疾患の発症・進展の分子メカニズム解明を目指す。

 

. 長鎖ンコーディングRNAによる生理的及び病態生理機能解明

我々はジーントラップ法を用いて様々な疾患に関わる新規因子同定に成功してきた(Blood 1999, Hum Mol Genet 1999, Nat Genet 2002)。近年、タンパク質をコーディングしていないノンコーディングRNAが、発生・分化のみならず、様々な疾患における機能が明らかとなってきており注目されている。近年、心筋細胞の細胞質に特徴な発現を示す新規のlong non-coding RNA(lncRNA)としてCaren (for cardiomyocyte-enriched noncoding transcript)の同定に成功した。遺伝子改変(KOおよびTg)マウスの解析によりCarenが心筋細胞におけるエネルギー代謝制御に重要な機能を有し、心肥大・心不全病態に重要な役割を果たしていることが示唆された(論文投稿中)。

昨今、lncRNAが多数報告され機能解明も進んでいるが、そのほとんどは核内に局在するlncRNAである。本プロジェクトでは、解明が進んでいない細胞質に局在するlncRNAであるCarenの生理的及び病態生理機能とその分子基盤解明により、細胞質に局在するlncRNAの意義解明を目指す。

 

Ⅳ. 血中ANGPTL濃度と生理・病態との連関解析

ANGPTLファミリーに属する因子は、血中へ分泌されるタンパク質であり、その血中濃度と様々な生理•病態との連関解析を行ってきた。特に血中ANGPTL2濃度が、肥満、炎症、加齢、腎機能障害、心機能低下の程度(Cell Metab 2009, ATVB 2014, Circ J 2013, 2017)と相関すること、血中ANGPTL2濃度が、将来の新規糖尿病、動脈硬化性疾患発症と連関すること(Diabetes Care 2013, ATVB 2016)、また、生活習慣への介入により血中ANGPTL2濃度を低下できること(Nutr Diab 2011)を見出し、これらの成果を還元するために、平成29年7月より熊本大学病院検査カフェで将来の新規糖尿病、動脈硬化性疾患発症を予測するマーカー因子として測定出来る体制を整えた。最近では、透析患者においては予後予測に有用であること(Nephrol Dial Transplant 2019 , Atherosclerosis 2020)を見出した。

本プロジェクトでは、現在進行中の複数の疫学コホート研究との共同研究による長期にわたる追跡研究、新たにスタートした疫学コホート研究との共同研究によるゲノム変異との関連、REAL-CAD研究におけるサブ解析を通して、臨床応用へむけ、血中ANGPTL濃度の生理・病態における意義解明を目指す。

 

研究室内表彰

2020年度

  • 最優秀論文賞  堀口 晴紀
    「Stroma-derived ANGPTL2 establishes an anti-tumor microenvironment during intestinal tumorigenesis.」
    Oncogene 2020  [Online ahead of print]
  • 論文賞
    深水 大天、大隅 祥暢
  • 特別功労賞(JST START研究終了及び大学院生への指導)
    森永 潤

2019年度

  • 最優秀論文賞  堀口 晴紀
    「Dual functions of angiopoietin-like protein 2 signaling in tumor progression and anti-tumor immunity.」
    Genes Dev 33:1641-1656, 2019
  • 論文賞
    朱 順順、森永 潤、倉橋 竜磨

2018年度

  • 最優秀論文賞  伊藤 仁
    「TET2-dependent IL-6 induction mediated by the tumor microenvironment promotes tumor metastasis in osteosarcoma.」
    Oncogene 37:2903-2920, 2018
  • 論文賞
    森永 潤、佐藤 迪夫、遠藤 元誉

2017年度

  • 論文賞
    杉崎 太一、田上 裕教、田 哲、趙 加斌、朱 順順
  • 特別功労賞(JST START 研究費獲得)
    森永 潤

2016年度

  • 最優秀論文賞  田 哲
    「ANGPTL2 activity in cardiac pathologies accelerates heart failure by perturbing cardiac function and energy metabolism.」
    Nat Commun 7:13016, 2016
  • 優秀論文賞
    堀口 晴紀
  • 論文賞
    本川 郁代、天達 俊博、谷川 広紀、湯上 正樹

2015年度

  • 最優秀論文賞  森永 潤
    「ANGPTL2 increases renal fibrosis by accelerating TGF-β signaling in chronic kidney disease.」
    Kidney Int 89:327-341, 2016
  • 論文賞
    舛田 哲朗

2014年度

  • 最優秀論文賞  堀尾 英治
    「Role of endothelial cell-derived angptl2 in vascular inflammation leading to endothelial dysfunction and atherosclerosis progression.」
    Arterioscler Thromb Vasc Biol 34:790-800, 2014
  • 論文賞
    堀口 晴紀、西村 尚剛
  • 特別賞
    多武 清加

2013年度

  • 最優秀論文賞  小田切 陽樹、門松 毅
    「Secreted Protein ANGPTL2 Promotes Metastasis of Osteosarcoma Cells Through Integrin α5β1, p38 MAPK, and Matrix Metalloproteinases.」
    Sci Signal 7:ra7, 2014
  • 論文賞
    遠藤 元誉、門松 毅、田 哲、中村 孝幸
  • ナイスアシスト賞
    宮田 敬士

2012年度

  • 最優秀論文賞  遠藤 元誉、中野 正啓、門松 毅
    「Tumor cell-derived angiopoietin-like protein ANGPTL2 is a critical driver of metastasis.」
    Cancer Res 72: 1784-1794, 2012
  • 論文賞
    緒方 亜紀、田爪 宏和
  • 特別賞
    犬童 康子

2011年度

  • 最優秀論文賞  青井 淳
    「Angiopoietin-like Protein 2 is an Important Facilitator of Inflammatory Carcinogenesis and Metastasis.」
    Cancer Res 71: 7502-7512, 2011
  • 論文賞
    岡田 龍哉、田  哲
  • ナイスアシスト賞
    遠藤 元誉、矢野 正人、宮田 敬士

2010年度

  • 最優秀論文賞  矢野 正人
    「Mitochondrial dysfunction and increased reactive oxygen species impair insulin secretion in sphingomyelin synthase 1 null mice.」
    J Biol Chem 286: 3992-4002, 2011
  • 優秀論文賞
    寺田 和豊、束野 寛人、岡田 龍哉、門松 毅、後藤 知己

2009年度

  • 最優秀論文賞  田畑 光久
    「Angiopoietin-like protein 2 promotes chronic adipose tissue inflammation formation and obesity-related systemic insulin resistance.」
    Cell Metab 10:178-188, 2009
  • ナイスアシスト賞
    宮田 敬士、門松 毅、束野 寛人、田爪 宏和
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