熊本大学大学院生命科学研究部 分子遺伝学講座

“たけしの家庭の医学” 「心臓の老化」を観られました方へ

2018年4月3日

番組内では充分にお伝えできなかった部分を補足いたします。是非、ご一読くださいますようお願い致します。

「心臓の老化」とは:誰でも年をとると、心臓の拡張する(拡がる)力が低下します。番組内では、心臓が拡張する力を、心臓の超音波(エコー)検査で測定し、「心臓の老化」を評価しております。ご自身の心臓が拡張する力を知りたい方は、お近くの医療機関において心臓の超音波(エコー)検査を行い、e’(いーぷらいむ)、E/e’(いーばーいーぷらいむ)を測定してもらってください。

一方、「心臓の老化」の終末像は、「心不全」です。心不全」とは、色々な原因で心臓の動きが悪くなった状態で、“心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだんと悪くなり、生命を縮める病気”です。日本での現在の患者数は約100万人ですが、高齢化に伴い2035年頃まで増え続けると予想されています。日本人の死因は、がんが一番ですが、75才以上に限ると心臓病で亡くなる方の人の方が多いのです。「心臓の老化」は誰しも避けることが出来ない生理的変化ですが、その程度(進み具合)を最小限に止めることは可能ですので、健康長寿を達成するために「心臓の老化」を最小限に止め「心不全」を予防することが重要です。

  1. 心臓病の危険因子もなく、心機能障害がないという方:危険因子(糖尿病、高血圧、脂質異常症)がない方でも、誰しも加齢に伴って心機能は低下していきます。しかし、これらの危険因子が加われば、加齢に伴う心機能低下のスピードは加速します。さらにこれらの危険因子により、2次的に心機能を急速に悪化させる心筋梗塞、弁膜症、不整脈の発症リスクも高まります。まずは定期的に健診を受診しその状況が変わらないことの確認を怠らないようにしてください。生活習慣への注意点ですが、「座っている時間が長い程、心臓病の発症リスクや総死亡率が高くなる」ことが、最近の色々な研究でわかってきております。また、「座っている時間が長い程、心臓の周囲に余分な脂肪が着くこと」もわかってきております。この心臓周囲の余分な脂肪*は、心機能を低下させたり、動脈硬化や不整脈の発症を高めたりします。現代の日常生活においては、どうしても座っている時間は長くなりがちですので、心臓周囲の余分な脂肪を減らすためにも、小まめに動くことに心掛けてください。番組内でご紹介しました米国の論文では、定期的に運動しているかどうかの有無に関係なく、座っている時間数が問題となっておりますので、特に、定期的に運動しているから大丈夫だという方で、それ以外はずっと座っている時間が多いという方(最近、巷ではアクティブカウチポテトと呼ばれているようですが)は要注意です。*心臓周囲の余分な脂肪:心臓を取り巻く血管(冠状動脈)の周囲には、ほとんどの人に脂肪が付いており、これは正常で心臓に対して悪い作用はないと考えられております(むしろ良い作用)。しかし、番組内で紹介されました方のように、心臓を取り巻く血管の周囲以外に脂肪が沢山蓄積してくると、心機能を低下させたり、動脈硬化を促進させたりと、心臓に対して悪い作用を与えます。
  2. 心臓病の危険因子を有するが、心機能障害がないという方:既に危険因子(糖尿病、高血圧、脂質異常症)を有しても、適切な治療、生活習慣の改善で「心不全」は予防できます。タバコを吸わない、食べ過ぎない、座り過ぎない、適当な運動をするなどを心掛けてください。
  3. 1〜2ヶ月で急に息切れする様になった、急に体重増加した方:心不全の可能性が有ります。BNPという血中のホルモン量を測るだけでも現時点での心臓のおおよその状態がわかりますので、できるだけ早く医療機関を受診してください。
  4. 「心不全」を過去に発症した、もしくは治療中の方:「心不全」は、発症しても適切な治療で症状は改善しますが、完全に治ることはまず有りません。悪化と改善を繰り返しながら、徐々に悪くなりますので、再発を防ぐことが最も重要となります。過労、ストレス、塩分や水分の取りすぎ、風邪に注意して再発を予防してください。自己流の方法で運動をすることは危険ですので、必ずかかりつけ医(主治医)の指導のもと、運動療法を行ってください。

心臓はこの世に命を授かって以降、ずっと動き続けています。1分間に70回としますと、1日で約10万回、80才だと約30億回になります。皮膚など多くの細胞は、生後に何回も新しい細胞と入れ替わることができますが、心臓を構成する心筋細胞は、生まれた時のまま、ほぼ入れ替わることができない特殊な細胞です。だからこそ大事にしなければならないのです。

普段あまり運動していない方が、急に日頃動かしていない筋肉を使って筋肉痛を起こしたことくらいは、誰でも一度はあると思います。これは、筋細胞内に乳酸がたまったためですが、しばらく休めばこの痛みはなくなります。心臓も筋肉なので、動き続けることにより疲労するはずですが、心臓は休むことができませんから、筋肉痛を起こすこともできません。心臓の細胞も動き続けているので乳酸が生じますが、心筋細胞はその乳酸をもエネルギー源として活用できる特殊な細胞なのです。他に、脂肪酸、グルコース、ピルビン酸、ケトン体、アミノ酸も利用して、動き続けるために必要な膨大なエネルギーを作ることができるため、疲れも知らずに動き続けることができるのです。

では、今回番組内で紹介されました心臓老化タンパク質“アンジオポエチンL2”について簡単にご説明いたします。

  1. アンジオポエチンL2は、タンパク質の一つで、誰でも持っております。
  2. 心臓の心筋細胞を始め、体の色々な細胞(脂肪細胞、血管の細胞など)から産生されております。通常は、細胞同士の関係を良好に保ち、組織、臓器を健康な状態にする重要な役割を担っております。
  3. 加齢に伴って心臓から産生されるアンジオポエチンL2は誰でも増えます。しかし、増え過ぎてしまうと、心臓の機能を低下させてしまい、「心不全」発症のリスクを高めます。

特に、以下の方は要注意です。

高血圧の方:アンジオポエチンL2が心筋細胞から異常に沢山作られてしまい、心機能低下を促進させますので、高血圧の治療をしっかり受けて血圧のコントロールをしてください。

心臓周囲に余分な脂肪が付いている方:脂肪細胞からもアンジオポエチンL2が作られており心筋細胞へ作用し心機能を低下させます。さらに、脂肪細胞の存在が心臓からのアンジオポエチンL2産生を増加させます。そのため、心筋細胞は過剰なアンジオポエチンL2から悪影響を受けることになります。まずは、心臓周囲に余分な脂肪を減らすために、長時間の座位で過ごすことを避けて、運動と言わない程度でも構いませんので、小まめに動いてください。さらに、最近の研究で、骨格筋(腕、足、体の筋肉)で作られるmiR221/222という分子が、心筋細胞や脂肪細胞で作られるアンジオポエチンL2産生を阻害することがわかってきました。骨格筋でこの阻害分子をたくさん作ってもらうためには、歩くことが一番良いのですが、ストレッチ*(できるだけ大きな筋肉を伸ばす)だけでも効果は期待できますので、是非、日常生活の習慣に取り入れてください。

ストレッチ*(できるだけ大きな筋肉を伸ばす):座っていると肩、胸、お腹の筋肉が縮んだ状態になります。両手を頭上高く伸ばすだけでも、縮んでいた肩、胸、お腹の筋肉が伸びます。また、足の甲を持ってかかとがお尻に着くようにすると、大腿(太もも)の筋肉が伸び、これを左右交互に10回程度行うと歩いているのと同じような効果が得られます。この際に足を持っていない手を壁につけるなどして転ばないように注意してください。

#自分の体の中で、どのくらいこの“アンジオポエチンL2”が作られているのか気になる方へ

番組内でご紹介しましたように、心臓老化タンパク質“アンジオポエチンL2”は、(1)血管から過剰に産生されると動脈硬化を促進、(2)腎臓から過剰に産生されると慢性腎臓病を促進、(3)皮膚から過剰に産生されるとシワを促進、(4)脂肪から過剰に産生されるとメタボを促進、など様々な加齢に伴って増えてくる病気の発症に関わっていることがわかってきました。自分の体の中で、どのくらいこの“アンジオポエチンL2”が作られているのかは、血液中のアンジオポエチンL2濃度を測定するとわかります。近年の研究で、血液中のアンジオポエチンL2濃度が高い方は、将来の心血管病の発症が約2倍、糖尿病の発症が約3倍、総死亡率も約2倍高いことがわかってきました。誠に申し訳ございませんが、血液中のアンジオポエチンL2濃度は、現時点では熊本大学医学部付属病院内にある“検査カフェ”でしか測ることができません。また、保険適応もされておりませんので、1回3千円の自己負担となります。ご希望の方は、是非、ご活用ください。

 

#尾池Drの診察をご希望の方へ

尾池Drは、熊本大学医学部付属病院では、診療を行なっておりません。

受診をご希望される方は、尾池Drが診療指導を行っております飯塚市立病院(福岡県飯塚市)(0948-22-2980)、もしくは仁誠会クリニック新屋敷(熊本県熊本市)(096-211-5151)にお尋ねくださいますようお願いいたします。なお、尾池Dr.の専門医資格は、循環器専門医(日本循環器学会)、総合内科専門医(日本内科学会)、肥満症専門医(日本肥満学会)です。

 

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